2010年12月13日

昨日矢野顕子”さとがえるコンサート”へ行って来た

Marc Ribot300.jpg
昨日矢野顕子”さとがえるコンサート”へ行って来た.去年と同じマーク・リボウ/ギター.ジェイ・ベルローズ/ドラム、ジェニファー・コンドス/ベースに矢野顕子という最高のクアルテット.初めてジェイのドラムソロを聴いたし、ルシンダ・ウイリアムスのカバーも聴けたし、ジョン・コルトレーンの曲に彼女の詩をつけた曲もきけた。
以前にも書いたが矢野顕子の選曲のセンスにはいつも感心させられるし、それを4人で完全に自分たちの音楽にしてしまう所も凄い。また彼女についているファンの多さ、もちろんいつも良い音楽クオリティの高い音楽をやっているからファンも付いてくるのだと思うが老若男女あらゆるファン層があのNHK ホールを埋め尽くすと言う事に驚く。
今から来年のさとがえるコンサートが楽しみだ。
photo.jpg
posted by 麻田 at 19:03| Comment(10) | TrackBack(0) | music

チップテイラー 。「聴かずに死ねるか」の10回目

チップ・テイラーは僕の最近のお気に入りのシンガーソングライターです。
chiptaylor photo-2.jpg

テイラーは60年代ワイルドシングを始めとして数々のヒット曲を書きソングライターとしての成功をした後ソングライティングの相棒である・ゴル ゴーニとJust Usと言うグループを組み、それが3人組のGorgoni ,Martin & Taylorに発展、その後ソロになりGasolin他の傑作アルバムを発表、何を思ったかその後プロのギャンブラーになり音楽の世界から足を洗う。しか し95年再び音楽の世界にふらっと戻って来て、2000年に入って本格的に活動を開始した。この人は人生悔いが無いだろうなとうらやましい。

そのチップ・テイラーなんと初来日です。ギター&ヴォーカルはチップ・テイラー、ギターにはヴァン・モリ ソンの初期のギタリストとして有名なジョン・プラタニア、フィドルには24歳の美人フィドラー、ケンドル・カーソンのトリオ編成のライブです。

チップテイラーのPVとライブの映像です。
すっごくいいのでちょっと見てみてください。
ギターは初期ヴァン・モリソンのバックでおなじみのあのジョン・プラタニア!
チップはソングライターとしては有名でもシンガーとして知らない人が多くて
結構苦戦してます。僕と長門君の間で異常に盛り上がってるんですけどね...
フィドルのケンドルもカナダのCeltic folk with bluegrass系のバンド、The Paperboysの
出身でソロの女性カントリーシンガーとしても注目株。

口コミ宣伝等ご協力宜しくお願いします。

http://www.nodepression.com/video/chip-taylor-charcoal-sky
PV "Charcoal Sky"

http://www.youtube.com/watch?v=QlzSpze0cGU
Live with John (G.) Kendel (Fiddle) : Yonkers NY
来日メンバーとのライブです。


公演の詳細はトムスのホームページで。
http://toms-cabin.com/ChipTaylor2011/

DSC_0325.jpg
posted by 麻田 at 13:54| Comment(2) | TrackBack(0) | music

2010年11月24日

ヴァンダイクが参加しているGreenwood Singers 他60年代のレア音源を聴く会

先日ヴァンダイク・パークスと細野君を見て来た。
コンサートは凄く良かったけどそれについてはいずれまた。

実は今週の11月26日(金)19時から西荻のシャロース・カフェで60年代のモダーン・フォークのレアな音源を聴く会をやるので、
そこでかけようと思っているヴァンダイクが参加しているGreenwood Singers の話を彼から直接聞けたらと思って楽屋に行った.

ヴァンダイクは60年代の始め頃、兄のカースン・パークスと二人でフォークグループをやっていてそれが発展してGreenwood Singersになったのだけど本人はこのグループにあまり乗り気でなかったようでアレンジ以外はほとんど何もやってないよ、それより東部のフォークグループのBrandy Wine singers との仕事の方が面白かったよとおっしゃっていた。兄のカースンはその後バド&トラヴィスのバド・ダシュエルのグループに参加するのだがヴァンダイクはアレンジャー、プロデューサーとしてまたビーチボーイズのブライアンウイルソンのブレーンとしての活動に入る.その後ソングサイクルを始めとする素晴らしい自身のアルバムも出してソロアーチストとしても活動して行く。

ヴァンダイクとはいろいろと話したのだが同じ世代なので60年代の話に花が咲いていろいろな話が聞けた.僕が日本で良く知られているフォスターのカバーアルバムを作りたいのだがと言ったら多分フォスターの曲は黒船の時代にすでに日本に入って来たんじゃないのと鋭い指摘.確かにフォスターは1860年代以前に作家として活動していたから可能性はなきにしもあらず.さすがにアメリカの音楽に精通しているヴァンダイクらしい.この事はバンジョーの原君に聴いてみよう。

そのヴァンダイクのプロとしての初期の音源を聴きたい方は金曜日のシャローズへどうぞ。15席くらいしかないと思うので、座りたい方は、
事前に予約を入れた方が良いかも。 立ち見も歓迎!

Tom's Cabin: 麻田浩(MFQ) 増子登(antilles)他
~60年代のモダーン・フォークの音源を聴く会 ~
ヴァンダイクパークスが参加していたGreenwood Singers 他レアなグループのレコードをいろいろかけます。音楽ギーク集まれ!

11月26日 (金)夜:7時から 1000円 
at: シャロウズカフェ
杉並区西荻北4−5−24白亜はハイム1F
予約:TEL 03−5980−8289
15:00〜22:30 
http://www.wrangler.co.jp/ENTERTAINMENT/MUSIC/MusicBar/shallows.html
音もコーヒーもフードもこだわりのカフェです。

R0048321.jpgR0048322.jpgR0048315.jpg
posted by 麻田 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | music

2008年11月26日

ジェフ&エイモス、オーティス・クレイ/ライブアルバムCD化

1979年のジェフ&エイモスと1983年のオーティス・クレイのライブ盤がCDで再発された.この2枚は僕がプロデュースしてユピテルレコードで発売したアルバムのCD化だ。
初のオリジナル紙ジャケでの発売だ。(ジェフとエイモスは以前にジャケットをエリックヴォンシュミットによるTシャツ用のイラストに変えてCD化されたことがある)。
ユピテルレコードはすでに倒産して無いので今回はユニヴァーサルレコードから発売された。僕個人としては特にオーティスの方に思い出がある。確かこれはオーティスに取って4回目のツアーであの衝撃的な日本でのデビューから5年を経てお客さんのメンフィスのハイリズムセクションでオーティスを聞きたいと言う要望に応えてやったツアーだ.チャールス/オルガン、リロイ/ベース、ティーニー/ギターのホッジス兄弟にハワード・グリムス/ドラムと言うあのハイの黄金時代を支えたリズム隊にシカゴで活動していたホーンセクション.多分あの当時考えられる最強のメンツでのライブだった。このライブCDについては鈴木啓志さんの解説を読んでもらえると良いと思うが,僕に取って一番思い出すのはサザン・オールスターズの名曲エリーをオーティスに歌ってもらった事だった。レイ・チャールスがレコーディングするずっと前で、当時は日本の曲を外人アーチストに歌ってもらう等事などあまりなかったから正直言って歌ってもらえるか心配したがオーティスは快くやってくれた。僕の友人の英語詩の聞き取りなどをやっていたリンダさんに頼んで訳詞してもらい彼女の友人であった桑田君のお姉さんを通して桑田君の許可をもらった。そのお姉さんが最近亡くなった。そして偶然にこの時のツアー中に札幌の空港でサザンとすれ違った。二人はほんのちょっとしか話すことができなかったが桑田君も喜んでくれていた。
そんな事で何かと因縁めくが僕にとっても懐かしい思い出のレコードがCD化された事は嬉しい。良かったら聞いてみてください。
ジェフ・マルダー&エイモス・ギャレット/ライブ・イン・ジャパン UPCH-20119 \2100,
ライブ・アゲイン/オーティス・クレイUPCH-20122/3 \3800

 
posted by 麻田 at 13:47| Comment(1) | TrackBack(0) | music

2008年11月18日

クレア・マルダー

小さい頃から知っているジェフの娘クレアが、あんな素晴らしいCDを作った事に実はちょっと驚いた。まあ、こだわりのジェフ・マルダーの娘だからそのうち何かをやるだろうとは思っていたけれど期待を遥かに超えるできだった。輸入盤でも随分と売れたようだがうるさがたの音楽ライターも絶賛しているアルバム「The Movie」は、トリフォーの映画にインスパイアされたと言うだけにヨーロッパ的なテイストだけど、やっぱりバーバンク風にも聴こえる摩訶不思議なサウンドだ。この秋発売になった日本盤のボーナストラックのTears for Fearsの大ヒット曲ルール・ザ・ワールドは秀逸。ヴァン・ダイク・パークス、スフィアン・スティーブンス、異母兄弟のジェニー・マルダー等それぞれが渋いけど好サポートをしている。マルダー家とは仲の良いウェインライト家の子供達(息子:ルーファス・ウェインライト、娘:マーサ・ウェインライト)には遅れをとったが、これでジェフもほっとした事だろう。このところ、ジェームス・テーラーの息子(ベン・テイラー)、リトル・フィートのローエル・ジョージの娘(イナラ・ジョージ)と二世アーティストの活躍が目立つが、それぞれ親の七光りではなくしっかりと自分を持ってるのがたのもしい。
クレアがアルバム「The Movie」の世界を、独特のバンド編成で、どういう風にライブで表現してくれるか今から楽しみだ。みなさんお見逃しのないように。
posted by 麻田 at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | music

2008年10月17日

ザ・コレクター コンプリートブック

僕の昔の事務所でマネージングしていたバンドザ・コレクターズの本”ザ・コレクターズ大頭鑑”(音楽出版社)が出た。彼らは多分日本で一番過小評価されていて、日本で一番もっと売れて良いバンドだと僕はいまでも思っている。でも親しい人達は麻田さんが最初に関わってその後やめると売れるから彼らもそのうち売れますよと言う。
多分それはトム・ウエイツやラモーンズやトーキング・ヘッズやピチカートファイブの例を指していうのだろうが、でも僕はその何十倍ものアーチストと関わって来て売れなかった人の方が遥かに多い。だからそれがそんなに簡単ではないという事を良く知っているし、また売れる事イコール全て良い事とはいえないが売れた方が良い事だと言う事も知っている。だから彼らには売れて欲しいのだ。彼らのやりたい事がよりやりやすくなるという点に置いても。
良く”right time, right place”という言い方をするが、確かにバンドなり人が売れたりポピュラーになるのにそれが必要な事もある。時代にうまく乗れるというのはその時代にそこに居ない事には話にならないという事だ。ただ波に乗っても乗り続けて行くのは大変だし、乗った事で目標を失ってしまったリ、もめ事になったりして活動をやめてしまう多くのバンドや人が居る。
また反対にずっと変わらずやっているうちに時代がついてくるという事もあるが今の日本の音楽業界でそれはとてもむずかしい。
でもザ・コレクターズはそれを今も続けている。彼らは去年の暮れに最新CDを出した。”東京虫BUGS”というタイトルでそれが凄く良かった。僕はその本のインタビューでも言ったのだが20年近くバンドをやっていてあれほど中身の濃いCDを出せるザ・コレクターに感心したし、またうらやましかった。願わくば時代がザ・コレクターズに追いついて欲しいと思うばかりだ。
ザ・コレクターズ東京虫BUGS/トライアドCOCP-51057(コロンビアレコード)
posted by 麻田 at 14:39| Comment(1) | TrackBack(0) | music

2008年05月03日

Jz Jamboree

第一回 Jz Jamboree 開催のお知らせ
古くからの友人でYMOで一斉を風靡した細野晴臣氏の新しいCDのテーマが40年代のカントリーと言う事で巷ではカントリーって何?と言う事になってるらしい。”カントリー音楽に決まってるじゃん”って思っている方は多いと思いますが、やはり今の若い人達にとってカントリーやブルーグラスはは遠い存在なのです。
そこで私がやっているトムス・キャビンのコンサート・シリーズ”聴かずに死ねるか”でも,カントリーやブルーグラスを取り上げようと思い,まず結成50周年で最近一部ですごく盛り上がっているカントリー・ジェントルマンのバンジョー・プレイヤーだったエディ・アドコックのツアーをやりました。
この企画の話を聞いて昔僕がラジオ関東でやっていたラジオ番組のディレクターで今はFM番組の制作、JZ BRATと言う渋谷のライブハウスのブッキング等、音楽畑で仕事をなされている浮田さんと言う方が、それなら毎月やれば良いじゃないと言ってくれました。
と言う事でそのJZ BRATでカントリーのライブをやることにしました。
タイトルはJZ Jamboree.基本的に隔月の日曜日にやって行くことになります。
最初は僕らのバンドマディ・グリーブスがホストです。僕らはウエスタン・スイングをやります。そしてその第一回目のゲストはあのトミ・藤山さん。ずっとカントリーを歌っていらして最近はジャズなども歌っている大ベテランで大先輩です。まさに聞かずに死ねるかです.
ぜひ、生のカントリー&ウエスタンを聞いてみてください。
その後もあっというような企画を考えています。ご期待ください。

JZ JAMBOREE
期日:2008年5月25日(日)
場所:渋谷 Jz Brat
時間:開場17:00 開演:18:00
料金:前売り\3000 当日\4000
ご予約、お問い合わせ 03-5728-0168
posted by 麻田 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | music

2008年03月31日

SXSWその2、ヴァン・モリソン他

SXSWのことがよくわからないと言う方がいたので簡単に説明。SXSWは毎年3月の第2週の週末に行われる音楽のコンベンションで、アメリカはもちろん世界でも1.2を争う大きな音楽コンベンションだ。SXSはセミナー、ライブ、展示会の3つの要素で成り立っていて、午前中から夕方までがセミナーと展示会、8時からがライブというスケジュールで運営されている。ライブは8時から9時、10時、11時、12時、1時と時間の始まりから40分のステージがやく30会場、つまり1日約180組のアーチストがライブをやる。SXSWの参加者は自分の見たいアーチストを時間ごとに決めて20分のセットチェンジの間に次の開場に移動する。そんな中、今年僕が見たかったのはヴァン・モリソン、ワズ・ノット・ワズ、スワローカルテット・ウイズ・ベラ・フレック、ボビー・ホワイトロック、ドリー・パートン、バディ・ミラー、ヨラテンゴ、マーサ・ウエインライト、アサイラム・ストリート・スパンカース、ダニエル.ラノイ、シド・ストロー、クエブ・シスターズと言った所だったが、自分が関わっている日本のアーチストのライブも見たり手伝ったりしなければいけないので見れたのはワズノットワズ、スパンカース、スワローカルテットウイズベラフレック、クエブ・シスターズと言ったとこだった。ヴァン・モリソンは時間的に3時間くらいの枠だったので、見れると思って1時間くらい遅れ行ったらもう終ってた。ここら辺がヴァン・モリソンのヴァン・モリソンらしい所だが残念だった。でもワズ・ノット・ワズは来日公演を見逃していたので絶対見たかったので満杯になる前にと思い、かなり早く行ったら意外にすいていた。スマッシングマグの花房氏と会い顔を合わせるなり『客少ないね』とお互いに言ってしまった。92年以来のライブということで昔のデトロイト時代のメンバーかと思ったが何人かは若い人達だった。でもスイート・ピー・アトキンスを中心とするボーカル隊がそろい、フリも決めてかっこいい。バンドもあまり熱くならずに、きちっとファンクサウンドを聴かせてくれた。Gラブのラップは無かったものの、papa was a rolin' stoneが聞けただけでも満足なのに、後から後からかっこ良い大人のファンク・サウンド(こんな言葉は無いと思うが)を聴かせてくれた。Don Was は多分最近はプロデユース業で忙しくてでライブをやっていないせいか、後ろに下がって常にニコニコしてベースを弾いていた。ライブが楽しくてしょうが無いと言う表情が見て取れた。ほんとは最後まで見たかったのだが沢野ひとし画伯のお気に入りのステールギター奏者、シンディ・キャシュダラーが同じ時間に他でやっていたので後ろ髪を引かれる思いで開場を後にして彼女を見にいった。(シド・ストローもSXSWに来てたから出たのだろうな)でも考えたらワズノットワズのファンクの後にスティールギターを聞きに行くなんて言うのはSXSWでなくては出来ないことだろう。キャシュダラーは確かウッドストックの生まれだが今はオースティンをベースに活動しているようだ。残念ながら今回は他の女性シンガーソングライター達との共演でドブロとラップスティールのみ。それでもつぼを得たバックはさすがだ。自身も何曲かインストを演奏したが、女性スティールギター奏者としてはというより男性に交じってもトップクラスのステールギタープレーヤーであることは間違いない演奏を聴かせてくれた。出来ればロイ・ベンソンと組んでの来日なんて言うのが一番ですよね。沢野さん。
そのほかはスワローカルテットが噂に違わぬ素晴らしい演奏だった。ベラはどちらかと言うとバックに回る演奏だったがさすがという演奏だった。だが驚いたのはアビーのヴォーカルの素晴らしさだった。チェロ奏者とのコーラスもばっちり。フレイリングのバンジョウを弾きながらこれほどの唄が唱えるかというほど素晴らしいヴォーカルだった。そして今回来日の話も含めて2度ほど会ったのがQuebe Sisters.若い美人3人姉妹がフィドルを弾いて唱うのだがフィドルは完全なテキサスフィドル。スイング調の唄もアンドリュー・シスターズを思わせるくらいきれいにハモル。あの若さと美貌ででウエスターン・スイングやスイングジャズを演奏し歌う。祇園さん早く共演しようね。
posted by 麻田 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | music

2008年03月27日

SXSWその1

10日に日本を発ちオースティン入りをしたのだがおとといまで毎日乗り打ちのツアーが続きSXSWと言うコンベンションのことを書けなかったので今日一気に書いた。この後も今回のSXSWのことを書きますので興味のある方は呼んでください。

今回のSXSWの中でセミナーと言う音楽業界に関する勉強会のような催しの中に、ぜひ見ておきたかったセミナーがあった。サイアーレコードの創始者セイモア・ステインのインタビューだ。アーメット・アーティガンやジェリー・ウエクスラーと言った人達は40年代の後半にはアトランティックというレコード会社をスタートしていたから僕らの一つ前の世代の人だが、セイモアは確か42年生まれだから,僕と同世代の人と言える。サイアーと言うレーベルを立ち上げて,フォーガットで最初のヒットをものにしてその後ラモーンズ、トーキング・へッズ、マドンナと言ったアーチストと契約して70年代、80年代のインディーレーベルを営業的に成功させた人だ。個人的なことを言うとトムス・キャビンでイギリスのニューウエーブ路線を始めた後、アメリカにも素晴らしいグループがいると知って,トーキングヘッズ,B-52s,そしてラモーンズ等の初期のアメリカンパンクと言うかニューウエーブ路線をやるときに非常に助けてもらった。トムスがグラハム・パーカーや。エルヴィス・コステロをやっているのを知ってか、当時売り出し始めたトーキング・ヘッヅのジャパンツアーを僕に任せてくれたのだ。まあ当時まだウドーやキョウドウがその手の音楽をを知らなかった事もあるのだろうが,とにかく何度も電話をかけて来て、取材のことを細かく言ったり、飛行機代の援助等をしてもらったりその行動力の素早さと、決断の早さに驚いた。そこら辺はコステロの時のジェイク・リビエラと言うマネージャーと同じで、それまでのレコード会社の対応とは違う直接的な対応に新鮮さを感じたものだった。そんなことで彼にはトーキングヘッズのツアーで多大な協力をしてもらった。今にして思えば、その大きな要因は彼自身がインデイ−ス出身だったからで、多分トムスにその匂いを感じ取ってくれたのではないかと思う。
そこら辺のことも含めて今回のインタビューは僕にとって非常に興味があって参加した。ロックの殿堂入りした数少ない裏方と言う事もあってか開場は満員だった。60も半ばを過ぎたサイモアは何処にでもいる人の良いお爺さんと言う風情で登場し、紹介者が彼を紹介すると満場スタンディングオベーションで彼を迎えた。ビデオでさらっとサイアーの歴史を見た後、司会者がインタビューすると言う形でセミナーは始まった。先ず彼の音楽経歴だが子供の頃から音楽が好きでいつもラジオを聞いていたらしい。もちろん当時のヒットポップスが中心だったらしいが,白人の子供にしては随分と黒っぽい音楽を聴いていたらしい。黒っぽいと言ってもグループものやドワップを中心としたヒットチャートに上るようなものだったらしいが。その後高校生のときにキングレコードの社長シド・ネイサンと知り合い2年ほど当時会社があったシンシナティに住み,彼についてレコードビジネスの全てを教わったらしい。と言うよりも会社に人が少なく全てをやらなければいけなかったらしい。ニューヨークのブルックリンで生まれ育った彼が、シンシナティに行き,まあ当時は,C&W,そしてブルーグラス、また当時まだレース・ミュージックと言われていたブルース、R&Bと言った音楽をを中心にリリースしてていたレコード会社に入るのはよほど音楽が好きだったのだろう。彼の口から当時のアーチスト名のホークショウ・ホーキンス、カウボーイ.コーパス、レノ&スマイリー、スタンリーブラザースなどのカントリーブルーグラス勢,そしてロイ・ブラウン、チャンピオン・ジャック・ヂュプリー、ハンクバラード&ミッドナイタース、アイボリー・ジョーハンターがすらすらと出て来たことを見てもその音楽好きが伺い知れる。
僕らの世代にとってキングの王冠マークは良いレコードの証だったから僕自身もキングというレーベル名だけで買ったレコードが何枚もある。シンシナティからニューヨークに戻った彼は友人と一緒にサイアーレコードを設立する。メジャーレコード会社の様な予算も無かったセイモアは,どういうジャンルの音楽を中心にリリースして行くか悩んだようだ。自分が目指していたアトランティックレコードはR&Bのヒットを量産していたし,ヴァンガードやエレクトラはフォークを完全に押さえていたし,もちろんメジャーレコード会社はポップスのヒットを出しまくっていた時代だし、ビートルズを始めとするイギリス勢は日の出の勢いだったしとセイモアは当時のアメリカのインディーレーベルの苦しさを語っていた。そして制作費のかからないデストリビュートを中心としたレコードビジネスをする為にイギリスに渡り,アーチスト探しを始める。そしてクライマックスブルースバンドやフォーガットと契約しアメリカでヒットさせたのだ。ヒットが出て経済的にも余裕ができた頃出会ったのがラモーンズだった。CBGBで彼らを見たサイモアはすぐに契約し、レコードの製作をし、リリースした。ラモーンズが契約したということでニューヨークのバンドはサイヤーという会社に注目し多くのバンドが契約をしたがったらしいが彼が次に選んだのがトーキングヘッズ。ラモーンズは一日で契約にこぎ着けたがトーキングヘッズは契約まで何ヶ月もかかったと笑って話していたが、トーキングヘッズもメジャーでないサイアーと契約したかったに違いないと僕は思う。あのころ音学的な理解度、人間的な素晴らしさ,またビジネスに対する勘の良さでセイモア・ステインにかなう人はいなかったと思うからだ。インタビューは時間が無くなりマドンナのこと、アイス・T,デペッシュ・モード等その後のアーチスト、メジャーとの仕事などについては簡単に触れるにとどまったが、彼はその後ワーナーの重役にまででなって成功したが、その後またインディに戻って製作をやったと聞いた様に思う。根っからの音楽好きなんだと思う。
セイモアとのことでもう一つ個人的なことを言わせてもらえると、ずっと前にブルータスのNY特集の音楽のページに関わらせてもらって、当時の編集の小黒さんという人からとにかく今NYで面白いと思うアーチストを4,5人取材してくださいと言われ、当時NYにいてブルータスに記事を送っていた深谷君と言う人と人選をしたのだが、まだシングルを1枚しか出していなくて2枚目を出すマドンナという女の子のシンガーが面白いんじゃないかということになった。イタリア系の娘なのに黒っぽい雰囲気で歌う娘で美人ということだけど、海のものとも山のものとも分からないから、皆でどうしようかということになったのだが、彼女をサイアーが売りたいと思っているという話を聞いてセイモアがやってるんだったら是非やろうよと僕と深谷君で押して取材をした。彼女の自宅へ皆で行って写真をとりまくって記事にしたのだが、半年後だったか1年後だったか,彼女はライカ・バージンで一躍大スターになった。まあ当時の記事が彼女のキャリア作りに貢献できたとは思えないが、個人的にはトムス時代の借りをセイモアに少しは返せたかなと思ったものだ。ちなみにその時の他の取材はローリー・アンダーソン、フィリップ・グラス(当時まだタクシーの運転手をしてました)DBsと言った人達でした。今回のセミナーの後そのトーキングヘッズ時代のお礼を言ったら、そうか君かといって懐かしがってくれた。
posted by 麻田 at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | music

2008年02月20日

マリア・マルダー・ツアー始まる

昨日マリア・マルダーのツアーが熊本で始まった。実はマリアからツアーをやりたいと言う話があったときに僕は一つの条件を出した。それは日本のバンドでやってくれないかと言う事だ。前回の東京でのライブを見た時(その時は僕以外の方がやっていました)お客は少ないしバンドはいわゆるツアーバンドみたいで毎日のスケジュールをこなしていると言う感じに思えた。だから今回ツアーの話があったときもっと彼女の音楽が好きなミュージシャンとやれたらと言う事で無理を承知でお願いした。キーボードのクリス・バーンズは前回来ていなかったが素晴らしいキーボードなので彼だけは来てもらう事にして後は日本人のミュージシャンでやる事にした。結果は大正解だったと思う。岡嶋と高橋のリズム隊,関均のギター,皆マリアの音楽が好きで参加してくれたので2回のリハーサルだけで昨日のライブをやったのだけど多分来ていただけたお客さんはそのサウンドに満足していただけたのではないかと思っている。関均のエイモスにも劣らないギターソロにも多くの拍手が寄せられた。マリアもそのバンドに乗せられた感じで最近見た中では最高に乗って歌ってた。楽屋に戻って放心状態だった事を思うと相当入れこんで歌ってたんだなと思った。2度目のアンコールが出来なかったのを熊本の方に申し訳なかったと言っておいてと言っていたが、久しぶりに素晴らしいマリアを見た。
今後がますます期待できそうだ。
またマリアの最新CDは彼女の尊敬する20年代から40年台に活躍した女性ブルースシンガー達へのトリビュートアルバムだ。そのCDではシカゴの James Dapogny's Chicago Jazz Bandと共演している。マリアのたっての希望で今回の神戸と東京のクアトロの追加公演はJames Dapogny's Chicago Jazz Bandと同じ様に30年代,40年代のジャズを演奏して大阪で活躍しているサウスサイド・ジャズバンドと共演する。彼女の先輩女性ブルースシンガー達へのオマージュと言えるコンサートだ。
今回のツアーの特別企画"Maria Muldaur with South Side Jazz Bandでもう一つのマリアを体験してください。
詳しくはhttp://toms-cabin.com/MariaM2008/index.html
posted by 麻田 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | music

2007年05月14日

Amos Garrett Japan Tour

トニージョーには及ばないが16年ぶりの日本ツアーが進行中のエイモス・ギャッレット。どなたかが書いていられたが、僕も今回のエイモスが今までで一番良い様な気がする。昨日の横浜でもたくさんの人が最高ですといわれていたが、僕も同感。なんせエフェクター等という物を一切使わずにあの音が出せる、若い人達にもみてもらいたいな。そのエイモス、偉大なストーリー・テラーでもある。来日してからのベスト2は、その1、マリア・マルダーの大ヒット曲、真夜中のオアシスの作家、デイビット・ニクターンの話。
真夜中のオアシスをレコーディングした頃、デイビッドは売れないシンガーソングライターで友人のうちを泊まり歩いていたほど貧乏だった。
そしてマリアがあの曲を気に入ってコーディング。当時忙しかったエイモスはロスのレコーディングでオーバーダブをしてすぐにSFに帰らなければいけなくて、スタジオに入り何曲かダビングをしてすぐに帰ったのだが。真夜中の・・・は一発でオーケー。最後の部分を取り直してすべてオーケー。スタジオでそれを聞いてたデイビッドは気に入らなくて、もっとポップな感じでとマリアやプロデューサーのジョー・ボイドにいったが二人ともそのソロが気に入ってそれでオーケー。
その後もデイビットはぶつぶつ言っていたらしい。
そして1年後、次のマリアのアルバムのレコーディングでサンセット道りをスタジオに向かって歩いていたエイモスの横にぴかぴかのベンツが止まって窓ガラスがスーツとおりて、中からデイビットの『エイモス、あのソロ最高だよ』という声が聞こえた。

その2、随分まえモンタレーのジャズフェスに出た時のはなし。
当時モンタレーのライブは1階と2階のホールで行われていた。下は5000人くらい入る大ホール。上は500人くらいの小ホール。その日大ホールはブルース・ブラザース。小ホールはエイモスのバンド。以前からスティーブ・クロッパーのファンで彼を尊敬していたエイモスは、この期を逃したら会えないかもしれないと思い自分のショーを早めに終えてスティーブに会いに行こうと思った。ショーが始まり観客席の真ん中辺に見覚えの有る顔を見つけた。何度かあった事のあるボブ・ディランだった。早めにショーを終え観客の中を通って下の大ホールに急ぐエイモスの目の前になんとディランが立っていて握手のために手を差し伸べているではないか。でもスティーブに会いたい一心のエイモスは『ゴメンちょっと用事があるので』と握手もそこそこに急いで一階に向かった。残念な事にブルース・ブラザースのショーも既に終わっていて、スティーブの演奏は見れなかった。でもパスを持っていたエイモスは楽屋に行きスティーブを見つけた。彼は後ろ向きだったので顔は見えなかったが身なりのがきちっとした紳士と話していた。この期を逃してなるものかと思っていたエイモスはその紳士の肩を後ろからとんとんとたたいて『すみません、僕もミスター・クロッパーに話が有るのですが』というとその紳士はエイモスに席を譲ってくれた。そして去ってゆくその紳士に向かって『クインシー、後で会おうよ』といった。その紳士はクインシー・ジョーンズだったのだ。あっと思ったが後の祭り、でも自分のあこがれのスティー・クロッパーに自分がエイモス・ギャレットでずっとあなたのギターを好きでした・・・・・。と言ったところ『君がエイモスか、あのマネー・リックのエイモスか』と言った。マネー・リックとは金になるフレーズと言う事らしい。もちろんあの真夜中の・・・のソロの事だ。そんな事から二人の話はかなり弾んだらしい。
しかしそれ以来ボブ・ディランとクインシー・ジョーンズから仕事の依頼はきていないという。
次の話が聞けたらまた載せます。
posted by 麻田 at 19:08| Comment(1) | TrackBack(0) | music