2006年12月20日

アラン・ジャクソンよどこへ行く

アラン・ジャクソンの新譜をお聞きになった方は居るだろうか。前回のCDがゴスペル(カントリー界ではセークレッド・ソングという場合が多いが)今回がアコウスティックCDだ。アラン・ジャクソンに何が起こったのか。アラン・ジャクソンってだれ?という方もいらっしゃるかもしれないのでちょっと説明しますが、アラン・ジャクソンは僕のお気に入りの若手カントリー・シンガーです。もちろんGeoage StraitもDwight YoakamももToby Keithも嫌いじゃないけど,アラン・ジャクソンは僕がデビュー以来CDが出るごとに買っている唯一の歌手です。何が良いかというと,先ず曲が良い,サウンドが良い、歌がうまいの3拍子そろっているところが魅力です。彼は今やナッシュビルで一番人気のあるカントリー・シンガーの一人で、いわゆるNew Honky Tonk Soundといわれる、言ってみればハンク・ウイリアムスを筆頭にレフティ・フリッゼル、ウエッブ・ピアーズ、と言った50年代に活躍したカントリーシンガー達の様なホンキートンク・サウンドを現代に蘇らせたシンガー達の中心となっている人だ。つまりカントリーのトップスターです。
その彼が今までずっと彼のプロデュースを続けてきたKeith Steagallに変わって今回なんとアリソン・クラウスをプロデューサーに起用したのだ。バックのミュージシャンも彼女のバンドのメンバーであるジェリー・ダグラス等中心だ。アリソンのプロデュースなのでもちろんアコウステイック・サウンド中心だ。今までもアラン・ジャクソンのCDの中に何曲かはアコーステイックなアレンジはあったし,多分カントリーシンガーの中では一番マンドリンをバックに使っていると思うし、前回のゴスペルアルバムもアコウスティックなサウンドだったが、ここまで徹底してアコウスティック・サウンドにこだわったのはなぜか?これってかなりの冒険ですよ。もちろん今やブルーグラス界のみならずポップ、ロックのジャンルまでそのファン層を広げているアリソンだから,彼女の知名度を考えれば、彼女の起用自体は納得出来るのだが,いかんせんサウンドが地味です。もちろんアリソン、ジェリー・ダグラスと言ったブルーグラス界のスタープレーヤーに加えてバーナード・パーディーのドラム(この人選にも興味が湧くがその件はまたの機会にします)までがプレイしている訳ですからサウンド自体が悪かろうはずは無い。でも今までレコーディングでバックをつとめていたナッシュビルのスーパー・スタジオ・ミュージシャンであるEddie Bayers, Brent Mason, Stuwart Duncan, Paul Franklin等はだれも参加していない。つまり彼がずっと作り続けてきた現代版ホンキートンク・サウンドは今回全く聴かれない。だから僕のようにいつもの歯切れの良いボーカルと,バックのミュージシャンが作り出す今のナシュビルで考えられる最高のサウンドを期待してこのCDを購入した人達はどう思うのかという事に興味がある。つまり今までのフアンにとってこのCDがどういう捉えられ方をするのか僕は非常に興味があるのだ。
それと今回はほとんどが他人の曲だ。もちろん彼は今までだってカバー・アルバムも出しているし、他人の曲も歌ってきている。でもそれは明らかにアラン・ジャクソンの為に書かれたと思われる曲、もしくはジャクソンが歌えば良いといった曲だった。つまりそれは売るという事を前提にした選曲だったような気がする。僕はそれが悪いと言っているのではない、ハンク・ウイリアムスだって、ジョニー・キャッシュだって、マール・ハガートだって、みんなそうしてきている訳だし。ただ今回はそういった売り線の曲があまり無く総体的に地味なのだ。曲自体が悪いと言う訳ではないのだが地味なのである。極端な事を言えば僕には売れる事を拒否した様なCDに聞こえる。C&W界のトップスターの一人であるアラン・ジャクソンだから売れないと言ったってミリオンに近い数字は出るだろう、でも僕が知りたいのはなぜアラン・ジャクソンが絶頂期の今こういうCDを出すのか、なぜ今アラン・ジャクソンがこのサウンドなのかという事だ。彼は”この挑戦的な役割を良く引く受けてくれてありがとうと”アリソンへの感謝の気持ちをライナーの中で書いているのだが、このCDは彼の単なるチャレンジなのか,それとも・・・・・この後アラン・ジャクソンはどこへ行くのだろうか。興味津々だ。
P/S
この事をBOMサービスの井上三郎氏(みんなでムーン・シャイナーという雑誌を読もう)に言ったところ彼の家族はみんなブルーグラスをやっていて彼もファミリーバンドをやっていたという事を聞いた。フーン
P/S徳武氏からの情報によるとチャック・レイニーがナシュビルに移ったらしい。という事はバーナード・パーディーもかな。フーン

AlanJackson150.gif
posted by 麻田 at 14:59| Comment(2) | TrackBack(0) | ヒストリー

2006年12月19日

ライナーノーツの間違い

普段はいわゆる国内版と言われるCDは高いか買わないのだが最近は国内版だけにボーナストラックが着いていたりしてるので買うことがある。当然ライナーノーツも読むのだがいくつか間違いがあった。そのうち一つは忘れてしまったのだが,二つは覚えているので書く。両方とも訳詞の部分だったのだが,一つはノラ・ジョーンズがメンバーにはいっているThe Little Williesというグループのテネシー・スタッド という曲。冒頭にAlong About eighteen twenty-fiveという歌詞があるのだが訳詞者は"18時25分頃だったかな"と訳している。この18時とか20時という言い方は俗にミリタリー・タイム,トレイン・タイムと呼ばれて軍関係者や鉄道関係者のみが使う言い方で普通の人はほとんど使わない。キングストン・トリオが歌った2:10, 6:18, 10:44という曲があるがこれも列車の時間を表しているのだが、主人公は普通の人だから2時10分、6時18分、10時44分、午後が過ぎて行っても22時44分とは言わないのだ。従ってAlong About eighteen twenty=fiveというのは1825年と訳すべきだ。ちなみにこの曲の作者の民俗学研究者にしてフォークシンガーであるジミー・ドリフトウッドは彼が書いてジョニーホートンが歌って大ヒットしたもう一つの曲Battle Of New Orleansでも冒頭、 In 1814 we took a little trip A long with Col. Jackson down the mighty mississip'We took a little bacon and we took a little beans
And we Caught the bloody British in a town in New Orleans.
と1814年を頭に持ってきている。この曲ではアンソニー・ジャクソン将軍がニューオルリンズへ行きイギリス軍と戦う事を歌っている。余談になるがニューオルリンズへ行くとこの戦場へ船で連れて行ってくれるツアーがある。行くと何にも無いところだが歴史に興味のある方はどうぞ。また僕は1967年のニューポート・フォーク・フェスティバルのワークショップでこのジミー・ドリフトウッドに”なんであなたの唄は最初に年の事がでてくるのですか”と質問した。当時の僕の英語力なのできちっとは覚えていないのだが、彼は”先ず年を言って皆にその時代にはいってもらうんだ。そうすると唄にリアリティーがでてくる、そしてその年を覚えたある人はその時代の事をもっと知りたくなるし、ある人は自分の家族や先祖がその時代にどうしていたかを知りたくなる,そうして自然に歴史に目を向けるようになるのさ”と歴史学者らしい答えが返ってきた。話が横道にそれたがもう一つ,これは自分でかったCDでは無いので確かではないのだがトム・ウエイツの訳詞で確か’58Mercというのがあって訳詞者は58年型メルセデスと訳していた,これは明らかに58年型マーキュリーと訳すべきだ,まあ車に興味の無い方には分からないと思うが50年代60年代にはアメリカには実に多くの車が存在していてジェネラルモータース、フォード、クライスラーのビッグ・スリーが毎年のように新しいスタイルの新車を出していたのだ。その中でマーキュリーはフォードのラインアップの中ではリンカーン・コンチネンタル、リンカーン,と言った高級車と廉価車フォードの間にいる中級車と言ったところだった。(いつだか忘れたがジェネラル・モタースの豊富なライン・アップに追いつこうとフォードはエドセルというユニークなデザインの中高級者を出すのだが失敗に終わる。)
アメリカの映画や小説の中で車の果たす役割は大きい。まあ最近はハリウッドのスターも日本製ハイブリット車に乗る時代だからもうそんな事は言えないかもしれないが、かってのアメリカでは何という車に乗っているかでその人の事が大まかにつかめるみたいなところがあった。当時のアメリカでは新車を買うという事がその人のステイタスの一つで廉価版がフォード社はフォード、GM(ジェネラルモータース)社はシボレー、クライスラー社はダッジ、その上の中級車はフォードのマーキュリー、GMのビュイック、オールズモビル、ポンティアック、クライスラーのデソート、プリムス、高級車はフォードのリンカーン,GMのキャデラック、クライスラーであればインペリアルという布陣だったと思う。各モデルにはそれぞれ2ドア、4ドア、ステーションワゴンという基本形があってそれに細かいモデル名が付いて幅広いセレクションが可能だったが基本は高級、中級、普通車という布陣だった。だから,各家庭は自分の収入に合わせてこの中からチョイスした訳である。だから映画のバックに車がでてくるだけで何年頃のどこら辺などという事が想像できたし,この家はビユイックに乗っているから中流の上クラスの家だな,と言った事が想像できた。作家達も車を使ってその人物を表すような文章が多く見られる。ただこれは5、60年代の事,それも新車を買うような普通の人達を対象にしたもので、トムの唄にでてくる58年のマーキュリーは唄が書かれたのが70年代だとするともうだいぶ使い込まれたポンコツの中古車に乗ってる人と言う事になる。訳詞にでてくるメルセデス・ベンツのような欧州車は当時は大金持ちかエンスウな人の乗る車で間違ってもトムの唄にでてくるような人がベンツに乗るという事は無いのである。トムの唄には僕らの知らないそういったアメリカならではの価値観みたいなものや比喩が歌詞の中にいっぱい入っている,それを解き明かすのまた一つの楽しみではある。年寄りの小言見たいになってしまったが気になったので一言。

MC_02_JD_480.jpg
posted by 麻田 at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ヒストリー