2009年04月27日

ツアーこぼれ話(グレート.スペクルド・バード誕生秘話)

エイモス/AG:1967年dirty shamesが解散して僕はデーブ・ブルーベックの息子と彼の友人と3人で新しいバンドをやり始めたんだ、
6ヶ月ほどリハーサルをした所で彼らアメリカ人が徴兵で呼ばれてそのバンドも解散状態になった。ちょうどその頃イアンから(イアン&シルビア)カントリー・ロックバンドを作りたいから協力してくれと言う電話があったんだ。彼はフォーク出身だからロックの連中を知らなかったから僕に電話をして来たんだ。でもイアンはそれ以前からカントリーロックのバンドを作りたくてそのことをジム(ロジャー)・マッギンと話したことがあると言っていた。
麻田/HA: という事はジムがチャド・ミッチェル・トリオのバックをやってる頃?
AG: いやもう彼がバーズを始めた後だ.フォークロックで売り出した後ジムも次のサウンドを探していて、カントリーサウンドにもっとタイトなリズムセクションを入れたグループを作るという事で二人で大いに盛り上がったといっていた。それで先ずベースとドラムを探して、ベースのKen Kalmusky, ドラムの Ricky Marcus,を見つけて、スティールギターはBill Keithに頼んだんだ。
HA: どうしてビルを知っていたの。イアン&シルビアとクエスキンジャグバンドが同じマネージャーだったから紹介されたの? (当時イアンとシルビアもクエスキンジャグバンドもディラン、PP&Mと同じアルバート・グロスマンのマネージングだった)
AG: いやビルとは彼がジム・クエスキンのバンドの頃から何度かトロントに来ていて僕もDirty Shameをやっていたから知ってたんだ。グロスマンの事は偶然だよ。それからバンドのメンバーが揃ってリハーサルもやりいくつかのツアーもやったんだけど先ずビル・キースがツアーに出たくないと言い出して、まあビルはバンジョーほどスティールが巧くなかったからしょうがないという事になり彼の代わりを探す事になった。
イアンの友人のフォークシンガーでカントリー好きの男がナシュビルで行なわれたスティールギターのコンベンションに行きそこでバディ−・ケージを見たんだ.それで彼に君は何処からきたんだいミシシッピーそれともケンタッキーかい?と聞いたらいや僕はカナダのトロントだよと言われて帰って来てすぐにイアンにそのことを伝えたんだ.
バディーはそれまでトロント郊外の飛行場近くのバーで毎日カントリーを演奏してたらしいんだけどトロントにはほとんど来る事がなくて僕らも知らなかったんだ。
その後rickyが彼の個人的な理由でやめてフェリックス・パパラルディーにマウンテンのドラムNDスマートを紹介されたんだ。
ドラムが良くなると前々から気になっていたベースがだめだという事をイアンが言い出してJIm Colgroveが入ったんだ。
僕としては自分がいたからという訳ではないがこのメンツのGSB(グレート・スペクルド・バード)が一番良かったと思う.日本にもこのメンバーで来たよ。
HA: 当時はどういうサウンドを目指していたの? 
AG: どちらかと言うとナッシュビルよりウエストコーストのカントリー、つまりバック・オーエンスや、マール・ハガートといったバンドに近いものを目指していたね。それにちょっとサイケデリックの味付けをした様なものかな。
HA: レコードを聴くと君のギターのフレーズがドン・リッチみたいなサウンドに聞こえたよ。
AG:  そうだねカントリーロックという事でドン・リッチ、それとマール・ハガードのギターのロイ・ニコルスやジェリ−・リードなんかは良く聞いていたよ。
HA: 最近大阪の万博のテープを聞くことができたんだけど僕がずっとバディ・ケージが考案したフレーズだと思っていただんだん音程をあげていくフレーズを君がひいているんで驚いたんだけど。
AG: あああれは昔僕が良くひいていたフレーズでその後バデイが使いだしたんだ.今では彼の特徴的なフレーズになってるね。
HA:  それとレズリーみたいな音もしてるよね。
AG: そうスタジオではレズリーを使ってたけどツアーとかへは持って行けないのでアコーディオン用のアンプとかエフェクターで代用していた。
HA:  そして1970年にJeff Gutcheonが入って、でもエイモスはそのすぐ後にやめてしまうんだよね。
AG:  そう僕の代わりにDavid Wilcoxが入ったんだ、その後バディがニュー・ライダースをやるんでやめてBen Keithが入った。
HA:  そのメンバーが後になってハングリーチャックになるんだよね?
AG:   そうでもその後もGSBはメンバーは変わってドラムにはBilly Mandeが入り、ギターはゴードン・ライトフットとやってたRed Shea,ピアノはジェリコのGodon Fleming,ベンキースの代わりにJIm Baker,最後までいたジム・コルグローブもRolly Sallyに変わった。
HA:  でもそれだけのメンバーが参加していたなんて凄い事だよね。
AG: そうだね多分これだけメンバーチェンジがあってもクオリティが下がらなかったバンドは珍しいんじゃないかな。
   それと皆それぞれが今も活躍してるというのも凄いね。
posted by 麻田 at 18:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2009年04月06日

エイモスが歌うパーシーズ・ソングス

いよいよ今週の11日からエイモス・ギャレットのパーシー・メイフィールドを歌うツアーが始まる.前回は特に東京なんかは会場が小さくて聞けなかった方が多かったのですが、今回はクアトロですから大丈夫です。初来日の頃からRivers Invitationなどパーシー・メイフィールドの曲を歌っていたエイモスならではの年期のはいったパーシーズ・ソングが聴けると思います。前回見逃した方、またCDでパーシーの曲に始めて触れた方、ぜひぜひご覧になってください。詳しい全国スケジュールはhttp://toms-cabin.com/でどうぞ。
posted by 麻田 at 16:06| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記

2009年04月03日

3/31 ロス/J J Caleを聞きに

皆さんからSXSWのレポートが無いとしかられている私ですが、毎日のライブで(といっても私が演奏してる訳ではないのですが)体と頭がくたくただったので今度まとめて書きます.さて昨日30日、20人以上のツアーメンバーが日本へ帰った。という私は5年ぶりのJ J Caleのライブがロスから車で1時間半ほどのSan Juan Capistranoという街に有るCoach Houseと言うライブハウスであるというので行って来た。マッケーブスと言うロスのギターショッップで金曜日に始まったと言う今回のウエストコーストのツアーだから今日はツアー4日目だ。マッケイブスも含めて今回は比較的小さい所でのツアーだとマネージャーが言っていた。そのせいか各会場ともチケットは即完売らしく今回はマネージャーに頼んでゲストで入れてもらった。
その会場はカントリー風と言うかログハウス的な作りの店で壁には有名なアーチスト(ロックアーチストに混じってかなりルーツ系やカントリーアーチストが多かった)のサイン入りの写真がいっぱいに飾られていてダグ・サムやケイト&アン・マクリゲルなどもあったからかなり前から営業していると思える.客席は6,700人といったところだが、ほとんどの客が食事や飲み物を飲むので席は長い机にイスと言う基本的に座ってみるスタイルだ。会場に入って先ず感じたのは客の年齢雄が非常に高いという事だ.まあトムスキャビンも同じようだからあまり驚かないがこちらでは珍しい.多分即完売という事で彼を知っている往年のファンがチケットを買ってしまったという事か?またもちろん音楽製からいっても男性が多いのは分るがその男性が皆さん奥さんやガールフレンド連れなのだ。そこら辺が日本と違う所だろうか。

この数年CDは出していたのにライブはやっていなかったそうで、JJにとってはなんと5年ぶりのそれもCD発売に絡めてのツアーだそうだ。前座の女の子のシンガー・ソングライターが演奏した後バンドメンバーがゾロゾロと出てくる。バンドメンバーはかなり年のいったキーボード、ベース、ドラムスにエレキ・パーカッションと言う4人にJJ Caleのギターとボーカル。僕は多分70年代終わりか80年代の初め頃、パラミノ・クラブというロスのカントリー系のクラブで彼を見たのだが、その時は確かドラムと二人だけだったと思うが(マネージャ−にそのことをいったら多分ジム・ケルトナーと二人の時だろうと言っていた)何曲か演奏したらなんとアンプの後ろへいってそこで歌いだした。お客は一瞬騒いだがその後は何ともなかった様に姿の見えないJJの唄を聞いていたと言う経験があったので、今回はどんなステージになるんだろう期待と不安で見ていた。ショーはJJのギターから曲が始まる.ほとんどの曲がそうだから多分曲順は決めてなくバックはイントロを聴いて着いてゆくというスタイルなのだろう。曲目はおなじみのマグノリア、クレイジーママ、アフターミッドナイト、コケイン、ロール・オン等は当然の様にやった。クレージーママではお客にシングアロングさせていたのには驚いた.JJケールも丸くなったのか。後で聞いたら喉を痛めているという事だったのでそれでかもしれないが声は小さめで時としてささやく様に歌っていた。そしてほとんどの曲でソロを取る、ときどきキーボーにサインを送ってソロを取らせる.インストも2曲ほどやったが(多分1曲はNo sweat)そこでも派手な動きは無くキーボードと二人でソロを取り合って終わると言うシンプルなもの。それどもお客は皆満足しているようだ.ときどきリクエストが叫ばれるがそれには答えず淡々としたステージでライブは終わった.もちろんアンコールで2曲やったが、前日までロックのライブを見ていた僕としてはなんだか物足りない感じだったがお客さんは皆満足した顔で帰って行った。ライブの後マネージャーが楽屋でJJに紹介してくれたので日本で多くのファンが待っていると伝えた。『日本か、遠いんだよな』というのが彼から帰って来た言葉だった。帰り際にまた日本で会いましょうといったら彼は笑っていた。

1127448984_168.jpg 1127448984_6.jpg
posted by 麻田 at 19:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記