2008年05月22日

ツアーこぼれ話(ヒルマン&ペダーセン)その2

グラム・パーソンズはフロリダという南部生まれだが、大金持ちの息子として生まれハーバード大学へ入学するという彼の経歴の中にサザンソウルの入る余地は無かったと僕は思う。プレスリーを聞いてミュージシャンになりたいと思った彼だが、その後はフォーク、カントリーへと音楽の趣向を変えて行く訳だけど、ジェームス・カーやOV・ライトをあの当時彼が聞いていたとは考えられない。ダン・ペンやスプ−ナー・オルドハムはアラバマの地元で黒人音楽が好きだったから当時黒人しか聞かないそこら辺の音を聞けたのだと思う.(ダン・ペンが当時黒人音楽のラジオ局ばかりを聞いていたと言っていた)つまりよほど黒人音楽が好きでないとそこまでしてその手の音楽を聞かなし聞けないと言う事だ。つまり当時は完全に白人と黒人の聴く音楽は違っていたと思う
確かに当時の南部のスタジオであるフェイムもアメリカンもマッスルシュオールズもミュージシャンはほとんど白人だ.それは彼らが黒人音楽好きの若者達である程度の音楽的な教育を受けていたから出来たのだと思う。
だから多分ラジオから流れてくるカントリーに関してはグラムは聞いていたと思う.それが後にカントリーロックとして出てくる訳だけど,
ソウルは別物だ.ましてやサム・クックやオーティス・レディングだったらまだ可能性はあるがジェームス・カーやOV・ライトはもっと地味な存在だから。グラムがどうしてそういうテープを持っていたのかはクリスも知らなかった。謎は深まるばかりだ。
posted by 麻田 at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記